リフレッシュ、PCの再起動のことではない。人間様のことである。
PCならクリック1つで大抵はリフレッシュできる。いい気なモンである。 人間はそうはいかない。リフレッシュしたつもりが疲れただけ、なんていう事もある。 仕事はもちろん休み、私の場合は半分仕事に関わる電脳世界とも縁を切る。 携帯の電源を切り、フルートをしまい込み、楽書などには目もくれない。 クラシックだって聴かない。リフレッシュには勇気がいるのだ。 昨年末からお正月にかけてまとまった休みが取れた。 仕事が終わった翌日には荷物を車のトランクに放り込み 一面の銀世界へと向かった。
フルートを持っていこうかと一瞬思ったのだが、思いとどまった。 フルートのことなんか忘れてやる。 行き先にはPCもない。 メールチェックしたくても出来ないし、更新も出来ない。 ああ、何という開放感。 日頃当たり前だと思っていることを切り離すところにリフレッシュの意味がある。
そうすると、当たり前の事柄の中にいつもは見えていないものが見えてくる。 季節の匂い、空気の匂い。 同じように生えているように見えて実は様々な個性ある木々。 そこに積もる雪もどれとして同じではない。 凍てつく空気を裂いて降り注ぐ木漏れ日の色と暖かさ。 その陽が創る表情豊かな日陰。 どれもが新鮮だ。 そんな時、頭の中に「つい」音楽が流れてしまう。 豊かな音楽性の原点は、豊かな自然の中にある。 その自然を敏感に感じる心の中にある。
ふと気が付くと、タイムマシンに乗って異次元を瞬時に移動してきた光景が見える。 フルートを練習し、キーボードを叩く私なのだ。
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